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フランス実験映画祭 2026

フランス実験映画祭 2026

日程

2026年4月25日(土)~5月6日(水・祝) *詳しいスケジュールは近日中に発表致します。

会場

東京日仏学院エスパス・イマージュ

料金

一律1,200円、但し『マイルストーンズ』の回のみ1,500円(全席自由/入場はチケット番号順)
Peatixにて2025年4/11(土)正午より発売開始。

世界の実験映画作品を古典から現代まで紹介するレーベルRE:VOIR (www.re-voir.com)の創設者、主宰のピップ・チョードロフさんとともにフランスの実験映画を紹介する映画祭を昨年に引き続き開催します。
今年生誕百年を迎えるモーリス・ルメートルの代表作『映画はもう始まったか』の特別上映、政治的ユートピアと挫折を飽くなき探求心で描き続けたアメリカの孤高の映画作家ロバート・クレイマー、そして女性の身体、アイデンティティ、欲望をテーマにした「身体の映画(Cinéma corporel)」という独自の概念と運動を確立し、現代のクィア理論やメディア・アートにも大きな影響を与えているギリシャ出身のアーティスト・デュオ、マリア・クロナリス&カテリーナ・トマダキを特集します。

ピップ・チョードロフさん、クリス・フジワラさん(映画批評家)による作品解説やトークショーも予定しています。

上映プログラム

*すべて日本語字幕付き

《モーリス・ルメートル 生誕100年記念》

1926年パリ生まれ。第二次世界大戦中はレジスタンス運動に参加。戦後は哲学を学びながら、イジドール・イズーが提唱した前衛芸術運動レトリスムに参加し、もっとも急進的な実践者の一人となる。以後、詩・小説・演劇・絵画・映画など多分野にわたって創作を展開する。特に映画では、映像と音の非同期やフィルムへの直接的な介入といった手法によって、映画の構造そのものを解体した。

 

映画はもう始まったか

(フランス/1951年/62分/カラー/DCP)

監督:モーリス・ルメートル
モーリス・ルメートルの初監督作にして代表作。ジョイス文学の文体実験に着想を得て、イメージ、音、スクリーン、映画館といった映画の諸要素を、徹底した反同調(アンチ・サンクロニスム)によって解体・再構成する。フィルムへのスクラッチやノイズ、リミックス、既成映画の引用といった先駆的手法を通じたメディア批評は、半世紀以上を経てもなお鮮烈である。1951年の初上映では、その過激さから観客が騒然となり、警察が出動して上映が中止されるというスキャンダルを引き起こした。

 

 

モーリス・ルメートルの肖像

(フランス/2004年/13分/カラー/DCP)
監督:ピップ・チョードロフ
イジドール・イズーと共にレトリスム運動の創設メンバーであるモーリス・ルメートルは、本作の中で、同運動の誕生の経緯、イズーとの友情、映画制作における彼らの発見、そして「無限小の芸術」と「超時間的芸術」の創出について語っている。モンマルトルの彼のアトリエで撮影された映像では、制作に励む姿や、自身の絵画、彫刻、映画作品を披露する様子が映し出されている。

 

 

《ロバート・クレイマー特集》

1936年、ニューヨーク生まれ。1960年代、ジョン・ジョストらとともに、映像による左翼前衛闘争集団“ニューズリール”の結成メンバーとして活動し、集団制作により4年間で約50本の作品を発表した。その後もドキュメンタリーとフィクションの境界に立ち、アメリカという国家、権力と革命、家族制度、人間の生についてなどを、ドキュメンタリーとフィクションの境界を行き来しながら、実験的な手法で省察する作品を手がけた。1980年代からはパリを拠点に活動し、ヨーロッパへと視野を広げ、長編にとどまらず短編やビデオ作品も制作した。1982年には、ヴィム・ヴェンダース監督『ことの次第』の脚本を共同執筆。1999年に急逝。

 

イン・ザ・カントリー

(アメリカ/1966年/62分/モノクロ/DCP・2Kリマスター版)
出演:キャサリン・メリル、ウィリアム・ディヴァイン、ジェラルド・ロング
若いヴェトナム反戦運動の闘士であるカップルが、田舎の別荘に身を寄せている。男は闘いを続けられない自分に罪悪感を抱き、女は自らのアイデンティティを求めて彼と衝突し、別の友人との関係をほのめかして彼を苦しめる。自己破壊的な感情が高まるなか、2人は深い孤独と互いの距離を痛感していく。本作はロバート・クレイマー初の長編フィクション。

 

 


アイス

(アメリカ/1969年/132 分/モノクロ/DCP・2Kリマスター版)
出演:トム・グリフィン、ポール・マクアイザック、ロバート・クレイマー
近未来を舞台に、若き革命家たちがゲリラ活動を展開する。メキシコでアメリカ政府に抵抗する解放戦線は、白人・黒人・プエルトリコ人・メキシコ人といった人種を越えた連帯を目指すが、現実の壁に直面する。1969年、ヴェトナム戦争が泥沼化する時代状況を背景に、その緊張と葛藤を鮮烈なフィクションとして描いた作品。
「『アイス』に散見される多くの矛盾――男女の間、“闘う”ことと“生きる”ことの間、生と死の間――を起点として、 今、私たちは、その統合、あるいは少なくとも、より高次で明晰な意識、ひいてはより高次の闘争の段階へといたるための、極めて多様な統合の形態を理解し始めていると思う」

 


マイルストーンズ

(アメリカ/1975年/206 分/カラー/DCP・2Kレストア版)

出演:G・Wアボット、アンバー、アン、ローレル・バーガー、ノア・バーガー

ひとつの運動の時代の終わりと、新たな誕生の可能性を示唆する“運動世代”の自画像。50人を超える登場人物による6つの物語が交錯し、巨大なモザイクを形づくる。ユタの雪山からモニュメント・ヴァレー、ホピの洞窟、ニューヨークの都市空間まで、多様な風景を背景に、アメリカの左翼ラディカルの生き残りたちの生と変化を描く。1970年代を代表する傑作であり、『ルート1/USA』はその続編とされる。

「『マイルストーンズ』を作るのは至難の業だったが、同時にアメリカという国を改めて認識するきっかけにもなった。私たちは初めて全米を旅し、その広大さを目の当たりにした。そして、この土地の自然の一端に触れ、深く心を動かされた。それは、この国の歴史に対する全く新しい関わり方であり、以前よりもはるかに抽象的ではなく、はるかに肌で感じられるものだった」

 

*『マイルストーンズ』は1975年にカンヌ国際映画祭監督週間に出品。その後、2008年に修復版が監督週間40周年を記念して、ふたたびカンヌで上映された。今回は2025年、Re:Voirによって、シネマテーク・フランセーズ所蔵のオリジナル16mmネガフィルから新たに修復されたバージョンを上映する。

 


ガンズ

(フランス/1980年/95分/カラー/DCP・4Kレストア版)
出演:パトリック・ボーショー、ジュリエット・ベルト、ペギー・フランクストン
あるジャーナリストが、パリとマルセイユの間で横行する謎の武器密輸事件を追う一方で、二人の女性の間を行き来している。一人は、病気の母親の付き添いでマルセイユを訪れた元愛人のマルゴ、もう一人は、パリで同棲しているアメリカ人のリルだ。クレイマーはアメリカの政治的フレスコ画を構成する作品群を『マイルストーンズ』で完成させ、さらにカーネーション革命を扱ったドキュメンタリー『ポルトガルの階級闘争の情景』(1977)を経て、フランスに移住する。そこで彼は、1970年代ハリウッドのパラノイア的フィクションに呼応する迷宮的な本作を手がけ、ナラティブの実験を重ねながら、活動家の精神世界の探求を続けた。

 



誕生

(フランス/1981年/42 分/カラー/DCP・2Kレストア版)
出演:エヴァ、ナターシャ、ミュリエル、ノエリー・ビルマン、シャンタル・ビルマン
入院、出産、新生児を迎え入れる家族との生活──ある女性の出産の前後の数日間を追う。新たな生命の誕生は、宇宙の真理、音楽、電子プログラムと接続され、言祝がれる。5月11日――は、左派が大統領選挙に勝利した日でもある。
「『誕生』はとても複雑な映画だ。生まれた子? 彼の中でなにが起こっているのかはよく分らない。彼は生存するためにプログラミングされた有機体だ。ノエリーは生きるためにはなんでもする。彼は未来のメッセージだ。彼は未来に生き、その未来を我々は知らない。彼は鎖のなかのひとつのリングだ」

 

 

ドクス・キングダム

(フランス、ポルトガル、アメリカ/1987年/90分/カラー/DCP・2Kレストア版)
出演:ポール・マクアイザック、ヴィンセント・ギャロ、ルイ・フルタード
ニューヨークの病院で母親が亡くなった後、ジミーは、死んだと思っていた父親がポルトガルに住んでいることを知る。彼は父親に会うため、リスボンへ向かう。一つの大陸から一つの大陸へ──手持ちカメラでうつされる越境者の日常から、家の主題が立ち現れる傑作。

「『ドクス・キングダム』は私本来の素材に戻る映画だ。アメリカ、家(ホーム)、故郷(ホームランド)、自分は何に属し、何から永遠に離れてしまっているのか。また1968年以来初めてポール・マクアイザックと組んだ映画でもある。この20年前、我々はドクの物語を『アイス』で語り始めていた。この時ポールは神話めいた地下革命組織のリーダーを演じていた。そして『ドクス・キングダム』は『ルート1』へのプレリュードでもある」

 

 

ルート1

(フランス/1989年/255分/カラー/DCP・レストア版)
出演:ポール・マクアイザック
10年ぶりに故郷アメリカへ戻った主人公ドクが、カナダからフロリダへとハイウェイ〈ルート1〉を辿るロードムービー。ロバート・クレイマーは、自らの分身ともいえるドクとともに、フィクションとドキュメンタリーの境界を横断しながら、現代アメリカの多様な姿を鋭く切り取る。1987年から88年にかけて東海岸を縦断して撮影された本作は、特定の時代を地理的に広く捉えつつ、この国へのノスタルジックな眼差しを描き出す。旅する医師のような慎重さで人々と風景を見つめる、クレイマーの代表作。

 

 

 

《クロナリス/トマダキ》


マリア・クロナリスとカテリーナ・トマダキは、1975年以降パリを拠点に活動するマルチメディア・アーティストおよび理論家である。アテネで演劇活動や出版に携わり、渡仏後は実験映画へと本格的に移行し、「身体の映画(Cinéma corporel)」を提唱して、女性のアイデンティティの政治性を作品に取り込んだ。さらに、メディア横断的な実践を通じて、インターメディアやインターセクシュアリティといった概念を理論化し、芸術の境界を超える試みを続けてきた。代表作《天使のサイクル》のシリーズをはじめとする映像・インスタレーション作品は国際的に評価され、ポンピドゥー・センターやMoMAなど世界各地の美術館・映画機関で紹介されてきた。また、150本以上に及ぶ論考や著作を発表し、理論と実践の両面から独自の芸術活動を展開している。
「マリア・クロナリスとカテリーナ・トマダキの作品は、他に類を見ない。身体の表象をめぐる探究に貫かれ、その思考は、批評的であると同時に肯定的でもあり、それを映像として展開するために、卓越した造形手法と多様な理論的枠組みを生み出してきた。[…] 彼女たちは、生きた身体の現前とイコンの図像分析、パフォーマンスと記録、静止画と運動するイメージ、さらには媒体の可動性、神話的想像力と現代性といった領域のあいだに、新たな接続を切り開いた」ニコール・ブルネーズ


〈プログラム1 二重の迷路〉

フラッシュ・パッション

(フランス/1970年/2分/カラー/DCP)
監督:マリア・クロナリス
二人のアーティストがスーパー8カメラを手にし、演劇の活動を映画へと広げた際、アテネで制作した初期の作品のひとつ。マリア・クロナリスがカテリーナ・トマダキを観察し、その姿を映し出している。

 

 


1973年3月7日

(フランス/1971年/6分/カラー/DCP)
監督:カテリーナ・トマダキ
祖母の命日にちなんで名付けられた『3.VII.1973』は、トマダキが母方の祖母を撮った、親密なスーパー8フィルムのポートレート作品。老婦人のふんわりとした白髪や、柔らかな皺の寄った肌を極限までクローズアップした映像に焦点を当てており、トマダキはそれらを花柄の布地の映像と優しく織り交ぜ、質感と光の繊細な戯れの中で、身体と記憶を融合させ、女性のファミリーヒストリーをカメラで紡いでいる。

スモーキング

(フランス/1976年-2016年/4分/カラー/DCP)
監督:カテリーナ・トマダキ
トマダキが1975年に『ダブル・ラビリンス』の制作中に撮影し、クロナリスの死から2年後の2016年に完成させた、マリア・クロナリスの短い肖像。この官能的な作品では、クロナリスがカメラをじっと見つめる長めのクローズアップの中で、彼女の唇から煙が神秘的に立ち上っていく。暗い背景を背に、彼女の姿は漂う煙のベールの中から現れてはまた消え、その眼差しは反抗的でありながらも誘うようなものとなっている。(冒頭に登場するギリシャ語「μετείκασμα」は「残像」を意味し、網膜に残る視覚の持続性を暗示している。)

 



ダブル・ラビリンス

(フランス/1976年/55分/カラー/DCP)
監督:マリア・クロナリス&カテリーナ・トマダキ
クロナリス/トマダキのデュオによる初の長編映画であり、彼女たちの《テトラロジー・コルポレル》(1975–79)シリーズの第一作目。映画における「二重の自画像」として構想された本作は、12の儀礼的な行為からなるサイクルで構成され、二つのパートに分かれている。まずクロナリスがカメラの前でパフォーマンスを行うトマダキを撮影し、続いてトマダキがクロナリスを撮影する。この「相互の視線」に基づく鏡像的な枠組みを通じて、二人のアーティストは映画作家であり演者ともなり、「男性の視線とは正反対の地点」において、観察と身体化の親密な戯れを紡ぎ出す。スーパー8で撮影され、高コントラストの明暗法を用い、台詞や音楽を一切排除した本作は、解放の神話的儀式のように展開し、クロナリスとトマダキがその後、映像芸術においてジェンダー、神話、主体性を探求していくための礎を築いた。

「この二人のアーティスト、二人の女性は、”二重の作者”という概念を創出した。それは、私の知る限り、いまだに類例のないものである。[…] 共同名義による最初の重要な作品『ダブル・ラビリンス』は、方法としての政治性──二重の創作者という在り方――が、いかにイメージの詩学や女性の身体、その表現性を方向づけているかを見事に示している」 ローラ・マルヴィ


 


〈プログラム2 天使のサイクル〉

10代の頃、マリア・クロナリスは、産婦人科医である父親ジョルジュ・クロナリスのアーカイブの中で、インターセックスの臨床写真を発見した。この写真は、1982年から2013年まで続いたクロナリス/トマダキの最も大規模な作品シリーズ《天使のサイクル》の原点となる。本シリーズは、写真、インスタレーション、パフォーマンス、ビデオ、ラジオ作品、アーティストブックなど、30点以上の作品で構成されている。

20世紀のためのレクイエム

(フランス/1994年/14分/カラー/DCP)

10代の頃、マリア・クロナリスは、産婦人科医である父親ジョルジュ・クロナリスのアーカイブの中で、インターセックスの臨床写真を発見した。この写真は、1982年から2013年まで続いたクロナリス/トマダキの最も大規模な作品シリーズ《天使のサイクル》の原点となる。本シリーズは、写真、インスタレーション、パフォーマンス、ビデオ、ラジオ作品、アーティストブックなど、30点以上の作品で構成されている。

 

 

パーソナル・ステートメント

(1994年/8分/カラー)
《天使のサイクル》第19作。インターセックスの医療写真をもとに構成され、被写体の性は男性/女性という二項対立を超え、その境界の崩壊を象徴するものとして提示される。映像は縦方向に展開し、カテリーナ・トマダキの女性の手がこの変容した身体に触れようとする一方、マリア・クロナリスのオフの声が被写体へ語りかける。

 



パルサー

(フランス/2001年/14分/カラー/DCP)
パルサーは、崩壊によって生まれた中性子星である天体であり、強力な電磁放射――電波、X線パルス、断続的な可視光――を放出している。《天使のサイクル》では人間の身体と天体の間に関連性を紡ぎ出している。マリア・クロナリスによる即興パフォーマンスは、快楽と破滅の狭間を行き来する「ネガティブなダンス」であり、スクリーンの白や花火の閃光と対峙する、黒と青の身振りである。

 

 

 

クエーサー

(フランス/2003年/32分/カラー/DCP)
ここで描かれる大宇宙は、人類が未開拓の宇宙空間である。SF的な要素を排した宇宙空間だ。そこは、幻想的な星や銀河、ブラックホール、光粒子が存在する空間である。それは、観る者を催眠状態に誘うような瞑想の空間であり、主体が自己から解離する空間でもある。

 

 

フランス実験映画祭2026
主催:アンスティチュ・フランセ
助成:アンスティチュ・フランセ本部、CNC
特別協力:Re :voir
フィルム提供及び協力:シネマトリックス、山形国際ドキュメンタリー映画祭
字幕協力:衛藤萌子、藤原敏史、細川晋、上條葉月、竹内航汰、若井真木子
(敬称略)。

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