1975年、パリの映画館Gaumont Rive-Gaucheでは、女性監督たちによる女性映画祭《 Femmes / Films 》が開催されました。この上映会では、長らく男性中心であった映画界に新たな風を吹き込むべく、フランスをはじめとする世界各国の女性監督の作品が公開されました。
本特集「フランス映画と女たち」は、その上映会の理念を受け継ぎ、エスパス・イマージュにおいて再現を試みるものです。当時上映された監督の作品を中心に、女性監督によって制作された映画を選びました。とりわけ、法や慣習に囚われずに生きていく女性像に焦点を当て、鑑賞者とともに新たな女性像の共有を目指しながら、映画と女性をめぐる諸問題を改めて問い直します。
上映にあたっては、作品解説やトークイベントを実施し、より深い理解と議論の場を提供する予定です。
企画・字幕翻訳:竹内航汰
本映画祭オフィシャルサイト
ラ・ミュジカ La Musica
(1966年/モノクロ/DCP/80分)
監督:マルグリット・デュラス、ポール・セバン
出演:デルフィーヌ・セリッグ、ロベール・オッセン、ジュリー・ダッサン
離婚を決意したカップルがエヴルーのホテルで再会し、最後の対話を交わす。マルグリット・デュラスが共同監督を務めた記念碑的デビュー作であり、長編初監督ながらきわめてデュラス的な対話劇が展開される。本作を際立たせるのは、デルフィーヌ・セリッグの圧倒的な存在感。デュラスはこの作品で彼女を強く気に入り、その後も自身の作品に繰り返し起用し続けた。
美しく、黙りなさい Sois belle et tais-toi
(1981年/モノクロ/DCP/115分)
監督:デルフィーヌ・セリッグ
「美しく、黙りなさい」──映画界が女性たちに課してきた暗黙の命令に、セリッグが真正面から挑むドキュメンタリー。マリア・シュナイダーやジュリエット・ベルトなど、世界各国の女性監督・女優23名へのインタビューで構成される。撮影現場での性差別、役柄のステレオタイプ化、権力構造についての彼女たちの証言をセリッグは収集し、スクリーンの外側に潜む抑圧の構造を鮮明に浮かび上がらせる。
女性と映画の関係を語る上で避けて通れない記録であり、#Metoo時代の今こそ注目すべき作品である
アロイーズ Aloïse
(1975年/カラー/DCP/110分)
監督:リリアーヌ・ド・ケルマデック
出演:デルフィーヌ・セリッグ、イザベル・ユペール、マルク・カサス
精神病院に収容されながらも、色彩豊かな絵画を描き続けた実在の画家アロイーズ・コルバス。アール・ブリュットの象徴ともなった彼女の人生が描かれる。本作においては、デルフィーヌ・セリッグが晩年のアロイーズを、イザベル・ユペールが若き日の彼女を演じている。ケルマデックの静謐な演出とセリッグとユペールの眼差しは、狂気とはなにか、観客に改めて問いかける。
インディア・ソング India Song
(1975年/カラー/デジタル/120分)
監督・脚本:マルグリット・デュラス
出演:デルフィーヌ・セリッグ、ミシェル・ロンダール、マチュー・カリエール
1930年代、植民地下のカルカッタ。退屈と倦怠に包まれた華やかな社交界で、フランス大使夫人アンヌ=マリー・ストレッテルは秘められた恋に身を沈める。その姿をめぐる周囲の者たちの噂が、全編オフ・ボイスで紡がれていく。デュラスが自らのテクストをもとに構成した本作は、視線と声、音楽と沈黙、記憶と忘却が交錯する映像詩。デルフィーヌ・セリッグが静かな憂愁を纏う大使夫人を演じる。
永遠は、もうない Jamais plus toujours
(1976年/カラー/DCP/78分)
監督・脚本:ヤニック・ベロン
出演:ビュル・オジェ、ロレ・ベロン、ジャン=マルク・ボリー
友人アガタの死を機に、クレールは彼女の遺品整理に参加しながら、彼女との過去と対面する。数々のオブジェによって記憶の断片が重層的に呼び覚まされ、オフ・ボイスがクレールの内面を描写する。非行少女、性暴力被害者、同性愛者の生活を捉えてきたヤニック・ベロンによる本作は、2024年パリの「レズビアン映画特集」で紹介された。
雪 Neige
(1981年/カラー/DCP/90分)
監督:ジュリエット・ベルト、ジャン=アンリ・ロジェ
出演:ジュリエット・ベルト、ジャン=フランソワ・ステヴナン、パトリック・シェネ
パリの歓楽街ピガールには、「Neige(雪=ヘロイン)」が蔓延している。バーテンダーのアニタは、ヘロインの供給が断たれたことで体に支障をきたしたベティを救うため、友人たちとともにヘロインを求め奔走する。しかし着実に警察の包囲網は狭まり、彼女たちは袋小路へと追い詰められる。ゴダール、リヴェットらの作品でおなじみの女優ジュリエット・ベルトが満を持して監督・出演した。
ドキュモントゥール Documenteur
(1981年/カラー/デジタル/65分)
監督・脚本:アニエス・ヴァルダ
出演:マチュー・ドゥミ、サビーヌ・マモー
LAの海辺。別れを経験したばかりのシングルマザーのエミリーは、息子マルタンと新たな生活を始める。物思いにふけるひとりの女性の生活を、ドキュメンタリーとフィクションを交錯させながらアニエス・ヴァルダは捉えている。ジャック・ドゥミとの私生活が大いに反映された作品の一つである。
〈現代の女性映画〉
私を忘れて Oublie-moi
(1994年/カラー/35mm/95分)
監督:ノエミ・ルヴォウスキー
出演:ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、エマニュエル・ドゥヴォス、エマニュエル・サランジェ、ロラン・グレヴィル、フィリップ・トレトン
ナタリーは二人の男の間で逡巡している。もう自分を必要としていないエリックと、その愛に重圧を感じているアントワーヌとの間で。彼女はどう生きるべき、愛するべきか模索しながら人々と衝突し、街を彷徨する。『ノバディーズ・ヒーロー』での快演が記憶に新しいノエミ・ルボフスキーの長編初監督作品。
「自分の人生を切り開くことができず、自分の居場所を見つけられない人々の物語だ。映画の中で人々は言葉を発するが、私はそのすべての言葉をアクションにしたかった。彼女、彼らはどう生きるべきか、どう愛するべきかを自らに問いかけるが、この問いかけが登場人物たち各々にとって辛く、不安で、危ういものであることを望んだ」(ノエミ・ルボフスキー)
わがままなヴァカンス Une fille facile
(2019年/カラー/デジタル/92分)
監督:レベッカ・ズロトヴスキ
出演:ミナ・ファリド、ザイア・ドゥハール、ブノワ・マジメル
パリ郊外に暮らす大学生ネイマは、華やかな姉マリアンヌと対照的に、自分の人生を静かに模索中。ヴァカンスに姉と招かれた南仏の別荘で、彼女は欲望や裏切りに満ちた大人たちの世界に足を踏み入れることになる。
「私にとって、「軽い女(une fille facile)」というのは、とてもポジティブなことです。強くて、自由で、自分のセクシュアリティをのびやかに生きる女性のことだからです。「軽い」だとか「ふしだら」とか、あれこれと言われる言葉は、すべて社会が女性を閉じ込めるためだけにつくり出してきたものです。」(レベッカ・ズロトヴスキ)
恋するアナイス Les Amours d’Anaïs
(2021年/カラー/デジタル/98分)
監督:シャルリーヌ・ブルジョワ=タケ
出演:アナイス・ドゥムースティエ、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、ドゥニ・ポダリデス
パリで暮らす30歳のアナイスは、既婚の年上男性と関係を持つが、やがて彼の妻エミリーにも惹かれていく。数々の選択を前に揺れ動く女性の欲望の機微が、スタイリッシュに描き出される。現代的な女性像を瑞々しく捉えた本作は、新進気鋭の監督による鮮烈な長編デビュー作である。
「私にとっては、結局すべてこの問いに行き着きます――なにを望むのか? 自分の望みを見つけ、それに従う。それこそが、私の映画のすべてなのです」(シャルリーヌ・ブルジョワ=タケ)
バルコニーの女たち Les Femmes au balcon
(2024年/カラー/DCP/105分)
監督・脚本:ノエミ・メルラン(共同脚本:セリーヌ・シアマ)
出演:スエイラ・ヤクーブ、サンダ・コドレアヌ、ノエミ・メルラン
マルセイユのアパルトマンに暮らす3人の若い女性たち、カムガール、作家志望、駆け出しの女優が、バルコニーから隣の男を覗き見る日常は、暴力と欲望の渦へ呑み込まれていく。パーティーの夜は事件に変わり、物語はレイプ&リベンジの様相を帯びていく。
「これは自由を追い求める3人の女性の物語であり、ちょっとパンクなドタバタ劇だ」(ノエミ・メルラン)
〈特別連携プログラム ヌーヴェルヴァーグの周縁で/ネリー・カプラン&メーサーロシュ・マールタ〉
本企画が焦点を当てる1975年パリの女性映画祭では、92本の映像作品が上映されました。特別連携プログラムとして、同映画祭で上映されたネリー・カプラン監督『海賊のフィアンセ』と、やはり同映画祭に参加していたメーサーロシュ・マールタの2作品をスクリーンでお届けします。
海賊のフィアンセ La fiancée du pirate
(1969年/カラー/DCP/107分)
監督:ネリー・カプラン
出演:ベルナデット・ラフォン、ジョルジュ・ジェレ、アンリ・ザルニアック
保守的な村社会から除け者にされるマリーと母。母の死をきっかけに、マリーは村人たちを相手に売春行為をはじめる。男たちを利用して稼いだ金を、必要のない商品の購入で浪費し、彼女のあばら家はモノであふれていく。やがてマリーは、自身の家に火を放つ。
「自分を火刑にするのではなく、異端審問官たちを火刑にする現代の魔女の物語、あらゆる時代に通用する道徳の物語を語ることを私は考えていた」(ネリー・カプラン)
アダプション/ある母と娘の記録 Örökbefogadás
(1975年/モノクロ/DCP/88分)
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:べレク・カティ、サボー・ラースロー(ラズロ・サボ)
未亡人のカタは子どもを望んでいるが、既婚の愛人に拒まれる。少女アンナと奇妙な友情を育むなかで、カタの心に変化が訪れる。
1975年のベルリン国際映画祭で、女性の監督として初めて金熊賞に輝いた。共演はサボー・ラースロー(ラズロ・サボ)。1956年のハンガリー事件を契機にパリに亡命し、ヌーヴェルヴァーグと合流。『小さな兵隊』などのゴダール作品への出演のほか、ベルナデット・ラフォン主演の“Les Gants blancs du diable”などでは監督としても活躍した。
ふたりの女、ひとつの宿命 Örökség
(1980年/カラー/DCP/105分)
監督:メーサーロシュ・マールタ
出演:イザベル・ユペール、モノリ・リリ、ヤン・ノヴィツキ
1936年、ユダヤ人女性イレーンは、不妊に悩む友人から夫との子を産むよう頼まれる。ファシズムの影に覆われるなか、三人の関係が崩れていく。
フランス・ゴーモン社との共同製作作品。イレーンを演じたイザベル・ユペールは、その最初期の重要な出演作として本作を挙げている。ユペールとメーサーロシュの親交はこの後も続き、メーサーロシュの最新作である“Aurora Borealis: Northern Light”(2017)への出演プランもあったという。
【アフタートーク情報】
上映にあたり、専門家による作品解説や監督によるトークイベントを実施し、 より深い理解と議論の場を提供します。
・9/5(金)『美しく、黙りなさい』:坂本安美(アンスティチュ・フランセ映画プログラム主任)
・9/6(土)『ラ・ミュジカ』:清原惟(『すべての夜を思いだす』監督)
・9/7(日)『アダプション/ある母と娘の記録』:斎藤綾子(明治学院大学教授)
・9/11(木)『恋するアナイス』:シャルリーヌ・ブルジョワ=タケ監督
・9/13(土)『アロイーズ』:エミリー・コキー(シネマテーク・フランセーズ)
・9/14(日)『海賊のフィアンセ』:山中瑶子(『ナミビアの砂漠』監督)
・9/15(月・祝)『永遠は、もうない』:竹内航汰(本イベント企画・字幕翻訳)