〈パトリシア・マズィ監督特集〉 第6回映画批評月間

パトリシア・マズィは、フランス映画で他に類を見ない非常にユニークで力強いスタイルを確立している映画作家です。アメリカ滞在中に出会ったアニエス・ヴァルダの庇護のもと、短編映画を監督し、ヴァルダの最高傑作と名高い『冬の旅』(1985年)の編集を担当。1989年に発表した初長編監督作『走り来る男』以降、マズィの映画は、激情、あるいは断固たる決意をひめたヒロインを主人公とした作品を多く発表しています。フォードとカーペンターというアメリカ映画の偉大なるふたりのジョンをこよなく敬愛するマズィは、広い空間と独特なロケーションを好み、階級闘争や、馬や牛といった動物への情熱、自然との関係を描きながら、人間の紆余曲折した運命に光をあててきました。西部劇風サスペンス『ポール・サンチェスが戻って来た!』、兄弟間の対立を背景に、フェミサイドの問題を浮き彫りにするスリラー『サターン・ボウリング』、そして最新作『ボルドーに囚われた女』はイザベル・ユペールとアフジア・エレジという現代フランス映画を代表するふたりの女優を迎え、世代、階層の異なる女性間の友情が描かれた感動作です。来日するマズィ監督のマスタークラスも開催予定です。
【上映作品】
走り来る男
(フランス/1988年/87分/カラー)
出演:ジャン=フランソワ・ステヴナン、サンドリーヌ・ボネール、ジャック・スピエセル
★1989年カンヌ国際映画祭ある視点部門出品
北フランスのある田舎町、ジェラールは兄とともに酩酊し、農場に火事を起こしてしまい、たまたまそこにいた浮浪者が命を落としてしまう。10年後、刑務所から出所した兄は、美しいアニーと結婚し、娘ができ、あらたに農場を持つジェラールのもとに戻ってくる。はたして彼は復讐を果たしに戻ってきたのだろうか……。撮影はヌーヴェルヴァーグを支えた名匠ラウル・クタール。
監督の言葉
『防寒帽』を見てからステヴナンのファンになり、彼のための映画を撮りたいと思っていました。帰還する男を通して、攻撃的、暴力的な側面もある現代の田舎を浮かび上がらせ、家族の中に潜むものを触発したかったのです。そして『冬の旅』で発見したサンドリーヌ・ボネール、そして弟役にジャック・スピエセルを見出し、映画は始動し始めました。
批評
「原始的な西部劇であり、凸凹した物語が交差する農民スリラーであり、土くさい衝撃と不穏さを持つこの初長編作は1989年に公開され、その後ずっと私たちの前から姿を消していたが、デジタル修復され、無傷のまま映画館に戻ってきてくれた。(…)
この長編デビュー作を改めて発見し、マズィ監督の全貌がすでにそこにあること、牛、馬、種馬(『トラボルタと私』)、ダチョウといった動物のように人間を撮る偉大な映画作家であることがわかる。しかし、獣のようにとは、擬人化やブニュエル的とでも言うべき悲観的なアナロジーによってではなく、 「獣らと同等に」、つまり同じぐらいの生の不透明さをもって、登場人物たちが互いの力を測り合っているのだ」
カミーユ・ヌヴェール(「リベラシオン」紙 2022年8月25日付)
上映日:
ポール・サンチェスが戻って来た!
(フランス/2018年/101分/カラー)
出演:ローラン・ラフィット、ジタ・オンロ、フィリップ・ジラール
10年前に失踪した犯罪者、ポール・サンチェスが、プロヴァンス地方のレ・ザルクで目撃されたという。憲兵隊舎では誰もそのことを本気にしなかったが、若い憲兵のマリオンは違った…。
監督の言葉
この映画は、私たちをとりまく混乱について描いています。この映画で発言する人々は、フランス映画ではあまり聞くことのできない人々であり、疎外された人々ではなく、生活費を稼ぐのに苦労している中流階級の人々です。彼らは仕事も車も持っていますが、生きるのに苦労している(アメリカ文学では、フォークナーやカーヴァーの登場人物をがいます)。フランスでは、このような底辺の人々が映画で言葉を持つことはあまりないのです。
ジョン・ケイルに音楽を依頼したのはこの作品で3度目です。私たちは、現代的なサウンドを維持しながら、メロディーに信頼を戻そうと話し合いました。私は最初からエンニオ・モリコーネとセルジオ・レオーネを念頭に置いていて、ジョンに彼らの音楽を聴かせて、シンプルなメロディラインを見つける必要性を理解してもらいました。冒頭、音楽は控えめで、やがて消えます。音楽が戻ってくると、サンチェスとマリオンの狂気が増していくのを包み込みます。音楽は私にとってとても重要です。この映画を 「聴く 」ことで、そのリズムを感じることができるのです。
批評
「このような場所を映画に撮れるのはパトリシア・マズィをおいて他にいないだろう。丘陵、レ・ザルク、谷、国道、まるでラオール・ウォルシュの映画に見られるような広大な世界。ある人物の狂気が拡散していくとともに物語が展開し、やがてその狂気は集団の中へと波及していく」(「リベラシオン」)
「パトリシア・マズィは、彼女が切り拓いてきた山、自由なトーンで築いてきた異色のフィルモグラフィ、そしてフランス映画界おける破天荒な立場から、映画の悪夢を真剣にとらえる不穏で遊び心に溢れ、ゾクゾクするような、突拍子もないやり方を担っている」(ジャン=フィリップ・テッセ「カイエ・デュ・シネマ」)
上映日:
サターン・ボウリング
(フランス=ベルギー/2022年/114分/カラー)
出演:アリエ・ワルトアルテ、アシル・レジアニ、イ=ラン・ルーカス、レイラ・ミューズ
★ロカルノ国際映画際 2022 金獅子賞 ノミネート
★「カイエ・デュ・シネマ」 2022年 ベストテン 第 6 位
父親が亡くなり、警察官のギヨームは、父が遺したボウリング場を、社会の周辺で生きてきた腹違いの弟アルマンに譲る。しかしその遺産は呪われたもので、ふたりを暴力の深淵に突き落とすことになる…。ニコラス・レイ、パク・チャヌク、大島渚などにオマージュを捧げ、古典的なフィルム・ノワールの方法を踏襲しながら、現代的な暴力の問題を炙り出したネオ・ノワールの傑作。
監督の言葉
この映画の冒険は、現代における悲劇、現代を舞台にした 「フィルム・ノワール 」を創り出すことでした。つまり遺産と暴力を原始的な方法で扱った映画の中に、現代の何かを暗示すること、そして悲劇的な側面を引き受けることが必用でした。私たちは悪夢の中にいます、人々は話し、受け身になり、沈黙を守り、そして言葉をもらす。日常の自然な現実とは違う現実の中に私たちを置くのです。黒い犬はただの黒い犬であり、父親の亡霊でもあります。アルマンが音楽を鳴らしながらバンで去っていくとき、私は彼を運命を受け入れる悲劇の人物としてみなします。そして彼は不安を抱かせる。迷い、苛立ちを抱えた子供が殺人鬼になる客観的な理由はありません。殺人を心理学的に説明すれば、おわりです。言い訳を探すべきでもありません。理由はひとつではなく、連鎖しているのです。
批評
「フィルム・ノワールの規範を踏まえつつも、『サターン・ボウリング』は多くの点でそれらから距離を置いている。パトリシア・マズィによる重要な選択のひとつは、ドラマの緊張感を維持するために音楽に頼るのではなく、沈黙を存在させることである。彼女の映画は、表面的な問題よりも、暴力という不透明な深淵に関心があり、決して自己満足に陥ることなくその淵に留まるからだ」 オリヴィア・クーパー=ハジアン「カイエ・デュ・シネマ」
上映日:
ボルドーに囚われた女
(フランス/2024年/108分/カラー)
出演:イザベル・ユペール、アフシア・エルジ、マーニュ・ハヴァード・ブレック
★カンヌ国際映画祭監督週間出品
ボルドーのある屋敷に一人で暮らすアルマと、郊外に住む若い母親ミナは、同じ刑務所に留置されている夫の不在を中心に生活を組み立てていた。夫たちの面会に訪れたとき、二人の女性は出会い、波乱に満ちた、ありえないような友情を育むことになる…。
監督の言葉
この企画の逆説こそ強みになると思いました。人間関係について語りかけ、私たちを引き込むロマネスクな魅力があると。犠牲者についての映画ではなく、力強い女性たちヒロインの映画にしたいと思いました。(…)イザベル・ユペールとアフジア・エルジのコントラストは大切でした。アフジアにはイザベルの正反対に映ってほしく、対照的であることを強調するために、彼女にはもっと肉感的であることを求めました。
批評
「恋愛ドラマ、西部劇、偽りの犯罪ドラマでもあり、コメディであり、メロドラマでもある『ボルドーに囚われた女』は、マズイ監督の最近の作品に比べるとソフトで調和が取れているが、やはりそこにはすべてをめちゃくちゃにしたい、囚われている女たちをそこから逃したいという強い欲望が宿っている」マリルー・デュポンチェル「レザンロキュプティーブル」
上映日:
第6回映画批評月間 特別ゲスト/映画監督
パトリシア・マズィ

1960年⽣まれ。成績優秀で映画学校ルイ・リュミエール校を志すが、パン職⼈の⽗を喜ばせるためビジネススクールのHECに⼊学。学内では映画クラブを運営。ザ・ドアーズを知ったのがきっかけでHECを中退しロサンゼルスに渡る。ベビーシッターで稼いだお⾦で短編映画を撮影。編集のサビーヌ・マムーと出会いジャック・ドゥミ監督『都会のひと部屋』(1982)の編集に携わる。アニエス・ヴァルダ監督『冬の旅』(1985)の編集を担当した後、初⻑編『⾛り来る男』(1989)を監督。同年のカンヌ国際映画祭のある視点部⾨で上映された。その11年後、イザベル・ユペール主演作『Saint-Cyr』も2000年カンヌ国際映画祭の同部⾨で上映された。2022年秋、シネマテーク・フランセーズ(パリ)でレトロスペクティブが開催された2023 年12 ⽉、マズィ監督は他の50 ⼈の映画監督とともに、リベラシオン紙に掲載された公開書簡に署名し、2023年のイスラエルによるガザ地区侵攻における停戦と市⺠殺害の停⽌、⼈道⽀援のためのガザへの⼈道的回廊の設と⼈質の解放を要求した。ふたたびイザベル・ユペールを主演に迎えた『ボルドーに囚われた女』が2024年カンヌ国際映画祭監督週間にて上映、高い評価を得る。

★『サターン・ボウリング』公開情報
監督 パトリシア・マズィ 2022 年 | スリラー | フランス、ベルギー | 114 分 | カラー 字幕翻訳:橋本裕充
★ロカルノ国際映画際 2022 金獅子賞 ノミネート
★「カイエ・デュ・シネマ」 2022年 ベストテン 第 6 位
父の遺産は呪われたボウリング場 正反対の兄弟の周囲で発生する若い女性を狙った連続殺人事件…ニコラス・レイ、パク・チャヌ ク、大島渚などにオマージュを捧げながら、古典的なフィルムノワールの方法を踏襲し、かつて ない衝撃とともに現代的な暴力の問題を炙り出したパトリシア・マズィ監督のネオ・ノワール傑作。
2025年秋 ユーロスペースほか全国順次ロードショー
公式HP :https://senlisfilms.jp/saturnbowling/